コーヒーで旅する日本/四国編|あらゆるコーヒーの現場を経たからこそ。「カモ谷製作舎ノKOFFEE SHOP」が体現するお客目線の大切さ

東京ウォーカー(全国版)

X(旧Twitter)で
シェア
Facebookで
シェア

コーヒー専門店らしからぬ屋号に込めた思い

焙煎機は富士珈機時代に中古で引き揚げたものをレストア。機体や煙突も自ら取り付けた

富士珈機で8年を過ごす中で、地元での独立開業を考え始めた岡﨑さん。とはいえ、「そう簡単ではないということは、前職時代にいっぱい見てきた経験から感じていました。このときはすでに家族もいたので、コーヒーだけでやっていくのは不安な気持ちもありました」。独立の意思はずっと秘めてきたものの、目の前の仕事をこなす日常の中で、目標がぼやけることもあったというが、家族ができたことで具体的に開業のイメージを考えるようになったという。

地元に帰る時期は、3年前から決めていたという岡﨑さん。Uターンの移住先に選んだのは、徳島県の山間にある阿南市加茂谷。「地元出身ながら、そのときまで知らなかったんですが、のどかな雰囲気に惹かれて、まず住処としていい環境だと感じて、移住を決めました。移住の際に地域の方々に多くのサポートをしてもらったこともあり、地域おこし協力隊として町に貢献しつつ、副業的に店を始めることにしたんです」。協力隊として加茂谷との縁を深めつつ、開業への準備を進め、2020年、「カモ谷製作舎」はオープンした。

カフェ・オ・レ550円は加糖・無糖・デカフェの3種から選べる。カップには「活かし合い、つながり、日常に彩りを」のメッセージが


ところで、コーヒー店の屋号といえば、~~COFFEE、~~焙煎所と付くことが多いなか、「製作舎」という一見、“らしくない”名付けには、当時の思いが表れている。「お客さんの世代が偏らないように、横文字は避けようと思いました。また、町おこしにも関わりたいと考えていたので、“コーヒー”と付けるとどうしても活動の幅が狭まってしまうかなと。妻が服を作っていることもあり、先々は地場の産品やプロダクト全般を置くことも考えて、地域とのつながりと僕ら家族の移住のストーリーも込めた名前をイメージしました」

店舗は自宅の納屋をそのまま使用し、当初は金土のみの営業。ゆっくりとスタートしたこの店が広く知られるようになったのは、協力隊の活動を通してのこと。「コロナ禍に販路を失った胡蝶蘭農家の販売の手伝いをしていたときに、地元のテレビ局が取材に来られて。それを機に店の存在が広まって、本格的に開業することになったんです」と、加茂谷での3年間を通じて、町の支援活動をしながら、コーヒーを通してファンを増やしてきた。協力隊の任期を終え、2023年秋、阿南市と小松島市の境近くの現在地に移転して心機一転。「カモ谷製作舎ノKOFFEE SHOP」と名前も新たに拠点を構えた。

豆の陳列の横には、コーヒーについての相談や抽出のレクチャーもできるミニカウンターを設置


「以前はわざわざ店を目指して来てもらう場所でしたが、ここなら市街に来たついでに寄ってもらえる距離感にあります。営業日も増えたので立ち寄りやすくなったと思います」という岡﨑さん。これまでのキャリアを振り返れば、さぞや目を見張るようなコーヒーがそろっているように思うが、さにあらず。むしろ、真逆のスタンスと言っていい。「熱烈なコーヒー好きの方に向けてというよりは、普段使いの方、コーヒーが苦手な方といったライトユーザーに向けた品ぞろえ。いいコーヒーを作ろうというのは同じですが、お客さん目線でいることが大事。極端に言えば、味はそこまで突き詰めなくてもいいと思うんです。僕らがコーヒーを作り続けることができるのは、お客さんが手に取ってくれてこそですから」

季節限定のブレンドは、冬ならクリスマス、正月、バレンタインなどイベント事に合わせて配合も変わる


すみずみまで行き届いた、お客目線の細やかな提案

「いずれは焙煎機をシェアローストに使ってもらおうと考えてます。抽出器具も実際に触ってもらう機会を作りたい」と岡﨑さん

現在、ブレンドとシングルオリジンを合わせて定番の豆が8種ほどあるが、その提案の仕方にも、岡﨑さんのスタンスが体現されている。4種のブレンドは、繰り返し音を使ったリズミカルなネーミングが印象的。中煎りの軽快な飲みやすさを表現した看板ブレンドの“ごくごく”、深煎りのほろ苦い香味が魅力の“ほろほろ”、浅煎りならではの華やかなで心躍る感覚を表現した“うきうき”。カフェインレスは、そのままズバリ“ないない”。覚えやすいラベルの色や名前の響きが、親しみやすさを際立てる。

片やシングルオリジンは、産地の名前にオヘンロ、ワカスギヤマ、ミヤノマエなど土地に縁の名前を添えて。最近では農園や生産者の名を付すことが多いが、「定番は使う豆も絞って、安定感を重視。最近の豆はロットが小さいからすぐ入れ替わるし、その度にラベルを変えないといけなくなる。お客さんも細かいスペックはそれほど気にされないので、使う豆が違っても味は大体一緒で同じ名前で通す方がわかりやすいので」と岡﨑さん。シングルオリジンもブレンドと考え方は同じ。逆に異なる豆で同じ味を作るのは、ロースターの腕の見せどころだ。

この店のコーヒーに共通するのは、口当たりの柔らかさと、じんわりと広がる優しい余韻。その上で、銘柄ごとの味の違いも鮮やかに表現する。ブレンドのごくごくとほろほろは、同じ3種の豆を使っているが、豆の比率と焙煎度でまるで別の顔。浅煎りのうきうきは、穏やかな果実味から広がるみずみずしい甘さが後を引く。味わいの丸みがあり、すっと染み入るような飲み応えは、岡﨑さんの朗らかな人柄そのものだ。

豆の持ち帰りに便利なデポジットバッグも常備


豆の販売カウンターでは試飲用のコーヒーも用意。家庭での淹れ方を尋ねるお客には、店の器具で実演も行う。さらに、「器具や環境が変われば淹れ方も変わるので、実際の設定に近いに越したことはないですから」と、家庭で使っている器具を持ち込んで相談することも可能だ。また、販売用の豆の袋は、ジップ式で再利用できるのも、この店ならではの提案。一度購入して同じ袋を使い続けると、豆の価格がお得になるのもうれしいところ。袋を忘れた場合にもデポジットバッグを用意。豆の持ち帰りや保存のことまで目を配る、ユーザーフレンドリーの細やかな仕組みは、長年、コーヒーのあらゆる仕事に携わってきた経験の賜物といえる。

「当初は加茂谷時代のお客さんが多かったですが、近頃は遠方から来てくださる方も増えてきました」と、新天地でも徐々に定着しつつある「カモ谷製作舎ノKOFFEE SHOP」。一方で、岡﨑さん自身、今も研鑽を重ね、知識や技術をアップデートすることを欠かさない。その格好の場となったのが、2023年から始めた徳島での焙煎の勉強会だ。「トーコーヒーの店主・森田さんから、関西で上野さんや高橋さんらと開いている焙煎の勉強会に参加したいという話をいただいたのがきっかけ。焙煎がうまくいかず悩んでいると、やる気が出ないのは同じロースターの実感としてわかりますから(笑)。そこで徳島でも協力して情報を共有していこうと思って。会の内容をできるだけ新鮮なまま伝えるために、関西で開催した次の日に開くようにしています。やはり若い世代はぐんぐん吸収して、よくなっていきますね。これは自分のためでもあって、今までいろんなことを共有してもらって成長できましたし、その中で自分がアウトプットする側にならないと内容が定着しないと感じていたので」

若手ロースターにとってよき先達としても、存在感を発揮しつつある岡﨑さん。「結局、自分ができることはコーヒーに関すること。直接は地域に貢献できなくても、コーヒーを通して間接的にでも貢献していきたい」。数多の経験を生かして地元とのつながりを深めるなかで、徳島のコーヒーシーンに新たな魅力が増していきそうだ。

今年から徳島のロースターとの勉強会も始め、焙煎技術を常にアップデートしている


岡﨑さんレコメンドのコーヒーショップは「cafe/shop MINATOHE」

次回、紹介するのは、徳島県小松島市の「cafe/shop MINATOHE」。
「店主の井上さんは、テントでの移動販売から始めて、2年前にコーヒースタンドをオープンした、ユニークな経歴の持ち主。コーヒーのメニューは、鳥取の燕珈琲から取り寄せるブレンドのみと、至ってシンプル。物腰柔らかな井上さんの人柄にファンが多く、人にお客さんが付く典型みたいなお店です」(岡﨑さん)

【カモ谷製作舎ノKOFFEE SHOPのコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル 3キロ(直火式)
●抽出/ハンドドリップ(ウェーブドリッパー)、TONE
●焙煎度合い/浅~極深煎り
●テイクアウト/ あり(450円~)
●豆の販売/ブレンド4~5種、シングルオリジン4種、60グラム550円~

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治

※新型コロナウイルス感染対策の実施については個人・事業者の判断が基本となります。
※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。

  1. 1
  2. 2

この記事の画像一覧(全13枚)

キーワード

テーマWalker

テーマ別特集をチェック

季節特集

季節を感じる人気のスポットやイベントを紹介

花火特集

花火特集

全国約800件の花火大会を掲載。2024年の開催日、中止・延期情報や人気ランキングなどをお届け!

花火大会人気ランキング

ページ上部へ戻る